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Jan Saudekの日本初公開作品

チェコで最も有名な写真家の一人であるヤン・サウデックの日本初公開作品展示中 / 世界的著名作家によるヌード写真展『エロスの競演』(Art Gallery M84)

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エレナ・トゥタッチコワ写真展“林檎が木から落ちるとき、音が生まれる”の様子

2014年10月27日(月)より開催しているエレナ・トゥタッチコワ写真展 “林檎が木から落ちるとき、音が生まれる”は、モスクワ郊外のダーチャ(夏を過ごすために作られた、庭や菜園のあるサマーハウス)で自分の精神のルーツに辿り着いた事で、ダーチャの空間、自然のサイクル、そして自然に対する彼女自身の考え方を表現した作品です。どこか暖かな安らぎを感じる作品に来場者も心和むようです。
















































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丹地保堯の世界“写真画”展の様子

2014年10月13日(月)より開催している丹地保堯の世界“写真画”展は、新作二曲屏風「山鳥」等を含むオリジナルプリントを21点を展示しております。来場されるお客様毎にこれは描いたんですかと聞かれる程、絵画を思わせる幻想的なカラー写真画からなる作品です。なんと二曲屏風が5作品も展示されていて豪華な展示なんです。来場者の方々は、丹地保堯の世界に魅せられて深く感動して滞在時間も長いです。








































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Jeanloup Sieff写真展『美の視点』の様子

2014年9月15日より開催しているG.I.P.コレクション、Jeanloup Sieff写真展『美の視点』ですが、無料なんですか?と驚かれます。入場料を払っても見たい作品ですと言って頂けました。「ファツション写真でも良いものは良いですね。実際のプリントを見ると感動します。どれも素晴らしい作品でとても感動しました。やはりゼラチンシルバープリントは素敵です。ずっと見てて飽きないですね。直接プリントを見れたのは本当に良かった」と皆さん異口同音。会場の約半分のスペースがJeanloup Sieffの作品ですが、娘のSonia Sieff、妻のBarbara Rix、友のBettna、RheimsらPhilippe SalaunやLucien Clergueの作品も凄いんです。









Jeanloup Sieff (ジャンルー・シーフ)
1933年 – 2000年
フランス パリ生まれ。
50年代はじめ「エル」でデビュー、マグナム所属を経て60年代以降「ハーパス・バザー」「グラマー」「ヴォーグ」など世界のファッション雑誌で活躍した。フランスを代表する巨匠として女性やヌード作品、ポートレートで多くの傑作を残した。
美しいプリントのモノクロ写真芸術に徹し、広角レンズと垂直構図を貫き、格調と気品をたたえたスタイルで半世紀に及ぶ作家活動を続けた。














(右側の1点は、娘Sonia Sieffの作品)





Sonia Sieff(ソニア・シーフ)
1979年 –
ジャンルー・シーフとバルバラ・リックスの長女としてパリに生まれる。幼少の頃シーフの作品にモデルとして度々登場してきた。16才のとき父親ジャンルー・シーフからニコンFM2のカメラをプレゼントされる。この頃から写真に興味をもつようになる。幼少より文学少女だったのは父親ゆずり。父親の撮影旅行にお供したこともあるが、父親の生存中に技術的な手ほどきはほとんど受けることはなかった。1999年フランスの写真雑誌「PHOTO」ではじめて作品が紹介される。「ジューナル・デュ・ポラー」の刷新版に参加。父の死後、映画の撮影現場の撮影を依頼される。以後映画雑誌の「スタジオ」や「プルミエール」と定期的に仕事をしている。一方、女性誌の「エル」や「コスモポリタン」等でポートレート作品もこなしている。現在、毎日が依頼の仕事スケジュールに追われ活動中。将来が楽しみである。


(左側の1点は、娘Sonia Sieffの作品)

Barbara Rix(バルバラ・リックス)
ドイツ生まれ。医学を学ぶ。後にパリに渡りマヌカンとなる。70年代初めジャンルー・シーフとモデルとして出会い、1979年結婚。長女ソニアと長男サツシャの母となる。マヌカンだった60年代から写真を独学ではじめ、本名バルバラ・リックス(Barbara Rix)名で写真家としてキャリアを積んでいった。ジャンルー・シーフとは共同で注文の仕事をこなしたこともある。主にドイツやイタリアのモード雑誌のルポタージュやファション写真でプロフェッショナルな仕事をし、作家活動では、モノクロ写真でヌードや肉体表現を得意とする。ジャンルー・シーフの死後は、作品の保存と管理に専念しながら彼女自身の写真活動は続いている。





Bettina Rheims (ベティナ・ランス)
1952年 –
フランス パリ生まれ。
20歳の時ニューヨークにとびだしマヌカンとなる。ニューヨークではその後ジャーナリストになるなどした。
その後本格的に写真に取り組むことになり、売れっ子コマーシャル写真家の助手、ラボでの見習い、フォトルポルタージュの実践など様々な写真体験を短期間でこなす。
最初の作品は1978年「エゴイスト」に発表。ピガールの場末で働くストリップ嬢やアクロバットの演技でわずかな入場料を稼ぐ女たちのヌードであった。
1981年にパリで開催された「肖像」と「ヌードの肖像」の二つの展覧会より世に知られる。その後も現在まで個人的なプロジェクトと雑誌や広告のための仕事の両方を精力的にこなしている。





Philippe Salaun (フィリップ・サルーン)
1943年 –
フランス生まれ。
1968年パリでスタジオ助手となり、写真家として歩み始めた。
一方プリントアーティストへの道は1970年にプロラボでの技術習得から始まっている。1979年個人で初めてのプリント専門アトリエをパリでスタート、 以後今日までロベール・ドアノー、エドワード・ブバ、ビル・ブラントなど著名写真家のポートフォリオを作成し、プリントアーティストとしての地位を築いて いる。日本でも1984年より数多くの個展を開催しており、今年の8月から9月にかけて初めてのカラー作品による作品展が開催される。







Lucien Clergue (ルシアン・クレルグ)
1934年 –
南フランス アルル生まれ。
1953年19歳の時アルルの闘牛場でピカソを撮影したのが写真家としてのスタート。1950年代後半よりピカソやコクトーの知己を得、励ましを受ける。
1956年波のヌード作品で一躍脚光を浴び、翌年詩:ポール・エリュアール、序文:ジャン・コクトー、表紙デザイン:パブロ・ピカソの記念碑的作品集「記憶される肉体」が出版された。
1961年ニューヨーク近代美術館でエドワード・スタイケンが選出した「石元泰博、ビル・ブラント、ルシアン・クレルグ」3人展が開催された。40年以上の歴史を持つアルル国際写真フェスティバルの創立のリーダーとしても活躍した。





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高倉大輔写真展『monodramatic』展示の様子

2014年8月11日(月)より開催している高倉大輔写真展『monodramatic』ですが、今までに見た事の無い写真。「写真は瞬間を切り取るものかと思ってましたが、大胆に覆されました。どこが始まりか、どこが終わりか全く分からないという不思議な永遠性を感じました。」と言うお客様。ある地点からある地点までは無限の身体があるということ、そしてそれを撮りきれないという切なさと面白さ、その中で流れゆく時間を収めた写真。不思議です。面白い、これは面白いと次から次に来場者が絶えないです。






















































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